「海の中は見えない」を変えた10年 小型水中ドローンは養殖・船底・ダム・防災をどう変えてきたか
OpenROVからQYSEA、CHASINGへ。400件超の運用・販売を通じて見えた、日本の海洋ドローン産業に必要なもの
2015年、アクリル製の小さな水中ロボットを組み立て、ノートパソコンにつないで海へ沈めるところから、セキドにおける小型水中ドローンの歩みが始まった。約10年後、国は海洋ドローンを成長戦略の基盤技術と位置づけ、初期需要を自らつくろうとしている。その間、現場では何が起きていたのか。
国が需要をつくる前に、現場が用途を探していた
2026年7月、日本経済新聞は、政府が離島の監視、不審船の検知・追跡、海底資源の調査・採掘、海中位置測定システムなどを対象に、海洋ドローンの民間需要を創出する方針を報じた。政府が大口顧客となって初期需要を支える「アンカーテナンシー」を採り、2040年度までに海洋ドローンへ官民で1兆2,000億円を投じるという。
政策の背景には、担い手不足、港湾やダムなどの老朽化、災害の激甚化、安全保障、海底資源、洋上風力、ブルーカーボンといった複数の課題がある。国土交通省は2026年3月末にまとめた「次世代海洋モビリティビジョン」で、ROV、AUV、USVなどを「海洋ドローン」と総称し、海の見える化と水上・水中作業の自動化を担う基盤技術と定義した。
しかし、小型ROVの事業者にとって、この動きは突然始まったものではない。水中の映像をリアルタイムで地上へ送り、潜水士が入る前に状況を確認する。魚の状態やいけすの網を毎日の管理の中で見る。船底やダムの傷を、同じ位置から繰り返し記録する。こうした地道な用途検証は10年近く続いてきた。
始まりはOpenROV 「海を見る」コストを下げた
セキドは2015年8月、米国OpenROV社と日本総代理店契約を結んだ。OpenROVは、探査、研究、教育向けに開発されたオープンソース型の小型ROVで、当時は利用者自身が組み立て、調整し、パソコンで操縦する色合いの強い機体だった。大型で高価な業務用ROVとは異なり、100m級の水深を身近な予算で撮影できることが新しかった。

愛媛県南予地方の養殖現場では、魚の観察や施設管理に使えるかを確かめるため、愛媛県水産課と共同実証を行った。複数の養殖場と水産研究センターを巡り、80人以上の水産事業者が参加。いけすの内外から網を確認し、へい死魚、魚の餌の食べ方、水深30mのアンカー、水深40〜50m付近の海底や明るさを検証した。

ここで重要だったのは、映像が撮れたこと自体ではない。現場が知りたい対象へどう近づくか、係留ロープを目印にアンカーへどう到達するか、潮流下で操縦できるか、船上でパソコンやテザーをどう扱うかといった、運用上の問いが初めて具体化したことである。
BlueROV2で「見る」から「測る・組み込む」へ
2017年4月、セキドは米国BlueRobotics社と正規代理店契約を結んだ。BlueROV2は6基以上のスラスター、深度・方位保持、交換可能な部品、センサーやロボットアームを追加できる拡張性を備えていた。OpenROVが低価格な水中観察の入口を開いたとすれば、BlueROV2は業務ごとに機材を組み替えるプラットフォームになった。

2018年には三浦半島・逗子沖で水深105.6mまで潜航し、橋脚・船底点検を想定した運用を検証した。同年、テレビ東京の番組収録にも使われ、水中生物撮影というメディア用途を広げた。2019年には商船三井、MOLマリンと、ケーブル敷設船の船底点検を共同実証。プロペラや船底の汚損・損傷、バウスラスター内部などを確認し、潜水士による点検の代替・補完手段として、効率性、安全性、確実性を検証した。

2020年には愛媛県宇和島市でサイドスキャンソナーを試し、海底面や沈船、工事状況などを、可視光カメラの視界を超えて把握する可能性を検証した。日本海洋と共同で、水中赤外線カメラをBlueROV2へ統合し、濁った水中を従来より低コストで可視化する試験も行った。さらに5軸水中ロボットアームを組み込み、回収、ロープ取り付け、危険物の確認など、「見る」以外の作業へ踏み込んだ。
QYSEAとCHASINGが量産化の扉を開いた
2020年、セキドは中国メーカーQYSEAのFIFISH V6シリーズとCHASING M2の販売を本格化した。20万〜30万円台から導入できる小型機に、360度全方向移動、姿勢保持、ロボットアーム、距離ソナー、レーザー計測、交換式バッテリーなどが搭載され、従来の「研究者や専門業者の機械」から「現場部門が保有を検討できる道具」へと距離が縮まった。

量産機を売るだけでは業務導入は進まない。水中では機体を失う、テザーを損傷する、対象物へ接近できない、撮影した位置が分からない、濁水で見えないといったリスクがある。セキドは2020年に低価格水中ドローン向け保険を開始し、中型機向けの保守サービスと合わせて導入不安を下げた。実機体験会、トレーニング、機体選定、センサー統合、修理、報告書を前提とした運用相談も積み重ねた。

セキドが公開している主な運用・販売実績は400件以上。ジャパン マリンユナイテッド、日本工業検査、愛媛県南予地方局水産課、テレビ東京・テレビ大阪、大学・高専、発電所管理点検事業者、養殖事業者、海上・海中設備点検、発電・大型プラント維持点検調査、ダイビング支援などが挙げられている。これは厳密な市場シェアではないが、水中ドローンがどのような顧客に必要とされてきたかを示す、当社の運用・販売実績である。
ダムの3D化から橋梁洗掘・河床マッピングへ
2020年11月、セキドは国土交通省の技術公募「水中点検ロボットを使用したコンクリートダム堤体の水中点検技術」に参加した。BlueROV2をベースにレーザー計測と写真測量を組み合わせ、損傷の形状・寸法と位置を少人数・低コストで把握する手法を提案した。空中ドローンで培った写真測量を水中へ持ち込んだ点に、セキドの統合事業者としての特徴が表れている。

2025年2月には、日本インフラマネジメント、旭テクノロジー、CFD販売と、岡山県内の河川橋梁2基で洗掘調査と上下流各500mの河床マッピングを実施した。QYSEA FIFISH E-MASTER NAVIのソナー、自動航行、位置推定、3Dマッピング、AI計測を使い、橋脚周辺の河床侵食と形状を可視化。従来数日を要していた作業を半日未満へ短縮したと報告している。
水中ドローンの価値は、潜水士を単純に置き換えることではない。日常確認や一次スクリーニング、危険箇所への先行投入、位置と映像の記録、経年比較を機械に任せ、触診、補修、高度な判断を人が担う。ROVと潜水士を競合させず、協働させる運用設計が現実的である。
防災では「操縦者」より「即応体制」が問われる
セキドは消防向けの機体選定、救助手順、役割分担、訓練、保守・点検体制を提案し、新居浜市とは災害時のドローン活用に関する連携協定を結んだ。この事例は、2026年の国土交通省資料で、災害時の状況確認や捜索に海洋ドローンを使う地域事例として掲載された。
災害対応で不足しているのは、単に操縦資格を持つ人ではない。必要なときに、現場条件に合う機体、ソナーやアーム、電源、テザー、船、オペレーター、潜水士、指揮者を揃え、映像を意思決定へつなげる体制である。導入、実証、講習、訓練、出動協定、保守、記録様式を一体で設計しなければ、機体は倉庫に眠る。

海外製依存を、国内の運用能力へ変えられるか
国土交通省の資料によれば、2024年の国内販売は生産56台に対し輸入736台。ROVだけを見ると生産15台、輸入731台で、量産型小型ROVは海外製が大部分を占める。資料にはCHASING M2 PROとFIFISH V6が中国製と明記され、セキドは国内流通プレイヤーの一社として掲載されている。
安全保障や重要インフラでは、製造国、通信方式、データ保存先、ソフトウェア更新、部品供給、脆弱性対応を含む調達要件が必要である。一方、海外製を排除するだけでは、現場で何を測るべきか、どの精度が必要か、誰が運用するかという需要側の知見は育たない。
この10年が残した資産は、機体の販売台数だけではない。養殖場でアンカーへたどり着く方法、船底でテザーを絡ませない動線、濁水でソナーとカメラを使い分ける判断、ダム損傷を3D化する撮影方法、消防で出動可能な体制をつくる手順である。こうした運用データを標準化し、国内の機体開発、部品、解析ソフト、保険、教育へ戻すことが、次の産業政策になる。
1兆2,000億円の投資で問われるのは、現場に残る仕組み
政府がアンカーテナンシーで需要をつくるなら、実証の件数ではなく、翌年度も地域で運用されるかを評価すべきだ。KPIは、調査時間、潜水時間の削減、再調査率、取得データの再利用、出動までの時間、保守停止日数、事故・ヒヤリハット、自治体や企業が自走できる人材数で測る必要がある。
OpenROVの時代、水中ドローンは「海の中を見てみたい」という好奇心の道具だった。現在は、ダム、橋梁、船舶、養殖、防災、環境を支える業務機になりつつある。次の10年に必要なのは、より高性能な機体だけではない。現場の課題を聞き、機材を組み合わせ、安全に動かし、得られたデータを意思決定へ変える事業者である。
海洋ドローン産業の本当の市場形成は、国が予算をつけた瞬間ではなく、その技術が現場の定常業務になったときに完了する。
水中ドローンの機体選定、実証、操作講習、運用方法について、用途や現場条件に応じてご相談を承ります。

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